大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)1428号 判決

被告人 鈴木謙

〔抄 録〕

控訴趣意第一点について。

原判決は、本件起訴状に記載された公訴事実と同じく、被告人は、昭和三八年四月一三日ごろ自宅で、高橋豊から、神奈川県議会議員候補者宮川音治のために選挙運動をしたことの報酬などとして現金五〇〇円の供与を受けた、という事実を認定しているのであるが、これに対し論旨は、被告人が高橋豊から右の金員を受領した事実はなく、この現金五〇〇円は高橋豊の依頼によつて鈴木聴から被告人の留守中に被告人の妻鈴木イソに手渡されたもので、イソはこのことを被告人に報告することなく家計費などに使つてしまい、被告人がそのことを聞いたのはそのひと月余りのちに宮川派の選挙違反で高橋四郎が検挙されてからのことであるから、原判決は事実を誤認したものだ、と主張するのである。

そこで、一件記録と当審で事実の取調べをしたところとを総合して考えてみると、

(イ) 被告人は昭和三八年五月三〇日の司法警察員の取調べおよび同年六月三日の検察官の取調べに対しては原判示のように高橋豊から現金五〇〇円を受け取つた事実を認めており、高橋豊および鈴木聴もその当時捜査官に対しこれと一致する供述をしていて、これらの供述にはいずれも任意性を疑うべき点が全然ないこと(被告人もその任意性は全く争つていない。)、

(ロ) 被告人が起訴後主張しているように、この金員を被告人の妻のイソが鈴木聴から受け取つたものだとしても、そのことをイソが夫である被告人に報告しなかつたというのはいかにも不自然な観を免れず、そのことからみて、起訴後における被告人、高橋豊、鈴木聴、鈴木イソらの供述は被告人に罪を免れさせるためことさら口を合わせた虚偽のものではないかという疑いがないわけではないこと、

(ハ) ことに、被告人は捜査官の取調べ後本件公訴提起前の昭和三八年一〇月八日に海老名町議会議員に当選しており、もし本件で有罪の判決を受ければ議員の地位を失うことになるので、そのため虚偽の事実を主張して罪を免れようとすることも考えられないではないこと

が認められるのであつて、これらの点からみると、やはり被告人および関係者が捜査官に対して述べたことが真実で、原判決の認定したとおり被告人が高橋豊から直接現金五〇〇円を受け取つたというのが真相ではないか、という疑いはかなり強いといわなければならないのである。

しかしながら、いうまでもなく、刑事裁判では、被告人の罪となるべき事実は合理的な疑いを残す余地のない程度に証明されていなければならないのであつて、そうでないかぎり、たとえ疑いが相当強くても被告人を有罪とすることは許されないのであるから、本件でも、さらにくわしく被告人の弁解しているところを検討してみなければならない。

(一) まず、被告人および高橋豊、鈴木聴らが捜査官特に司法警察員に対して事実を認めた点であるが、被告人の言うところによると、司法警察員の取調べは五月二九・三〇・三一の三日間にわたつて被告人らの居住する海老名町杉久保部落の豊受神社境内にある社務所に出張して行なわれたものであり、被告人は当時区長代理をしていた関係上、その第一日には区長の小沢庫吉とともに世話役として社務所に詰めていたが、第一日に取調べを受けた鈴木聴の供述を聞いていると、自分の家に五〇〇円を届けたことは述べておらず、また取調官の机上にあつた金員授受の系統図にも自分が高橋豊から直接もらつたように書かれてあつたし、昼休みの雑談の際聞いみると、「下のほうの者は始末書ぐらいですむだろう」という取調官の話だつたので、いまさら妻の名を出すのも男らしくないし、真実を言えば鈴木聴がまた取り調べを受けて真実を述べなかつたことを叱られるだろうと思い、自分が高橋豊から受け取つたように述べようと決心して、翌三〇日の取調べの際そのように供述し、取調べが終つてから高橋方へ行つて口裏を合わせるよう連絡し、それで高橋が第三日目に同様な供述をしたというのである。そして、証拠によると、司法警察員の取調べの場所・日時・順序などは右にいうとおりで、被告人の言うところだけを聞くと、のちに取調べを予定されていた被告人がその第一日に世話役として社務所に詰め、取調べの聞えるような場所にいたというのはいかにもありえないことのように思われ、また、被告人自身取調べを予期していたとすれば、区長の手前もその世話役を遠慮しそうなものだと思われるが、当審での事実の取調べの結果はまさしく被告人の言うとおりで、検証の結果によると、被告人のすわつていた場所と鈴木聴の取調べを受けていた位置とはごく近く、特に鈴木聴がなにを言うかについて関心を持つていた被告人として注意していればその取調べの内容を聞くことができたであろうことは容易に推察できるところである。また、系統図というようなものを取調官が他人に見えるところに出していたかどうかという点については、取調官であつた証人曽根貞由はこれを否定しているが、わら半紙に氏名を書いたものを持参していたことは同証人もこれを述べており、終日世話役として社務所にいた被告人の目にこれが触れる機会が全然なかつたともいいきれない。次に、取調官が「始末書ですむ」と言つたというのは、その「始末書」という用語自体この種の事犯について警察官が用いる語としては不適切で、文字どおりそのように言つたとは考えにくいけれども、出張先での昼食時の雑談の気安さから、この程度の事案ではそれほど重い処分を受けることはなかろうというような趣旨のことを話すことは全く考えられないことでもないのである。そして、このような事情のもとで、被告人として、現に現金は鈴木聴と妻イソとの間に授受されたのにかかわらず、前記のように考えて虚偽の供述をしようと思つたとしても、それほど不自然なことではない。事実を認めても刑事処分を受けることはなかろうと当時被告人が思つていたかどうかについては、被告人の言うところは直ちに信じにくいけれども、当時被告人が将来町議会議員になることを予期していたと認める証拠はなく、もし処分を受けるならば同じ部落の者が多数同様に処分されるわけであるし、ことにその五〇〇円の現金はともかく被告人の家で受け取つていることはたしかなのであるから、罰金などの刑事処分を受けることを予想しながら右のように罪を引き受けるということも、当時の被告人としてはありえないことではないのである。また、鈴木聴が取調官に対し、被告人方に現金を取り次いだことを述べなかつたことも、取調官から聞かれなかつたからよけいなことまでは言わなかつたというのであつて、これまたこの種事犯の被疑者の心理としてはあえて不思議なことではなく、高橋豊が被告人からの事前の連絡を受けて口裏を合わせたという弁解も、狭い部落内のことでもあるから、ありそうなことで、一概に否定し去るわけにもいかないと思われる(もつとも、被告人がそのように連絡した時期については、被告人は三〇日だと言い、高橋は三一日だと言つていて、くいちがつている。また、高橋豊は、原審で証人として供述した際、この被告人からの連絡の事実を弁護人からの反対尋問によつてはじめて述べているのであつて、これらの点はこの被告人から連絡があつた事実の存在に若干疑いを抱かせる点があるが、さればといつて、そのことから直ちにこの事実がなかつたと断定してしまうことは困難である。)。としてみると、司法警察員に対して被告人および関係者が前記のような供述をするに至つたことについて論旨の主張するところも必ずしもありえないことではないということになり、もしそうであるとすれば、検察官に対しても任意に同様の供述をすることは容易に考えられるところであるから、被告人、高橋豊および鈴木聴の検察官に対する供述の信憑力も自然動揺せざるをえないことになつてくるのである。

(二) 被告人が本件公訴提起より約一箇月前の一〇月六日に海老名町議会議員の職についたことは、前に述べたように被告人の公判での主張に疑いを抱かせる一つの資料になつている。たしかに、現在議員の職にある被告人にとつて、本件で有罪となり刑に処せられればその地位を失うから、その有罪無罪に特に重大な関心を有するのは当然である。しかし、それは、被告人が原判示のような行為を実際にしており、したがつて捜査官に真実を述べていながら議員の地位を失いたくないため起訴後虚偽の主張をしているとも想像されると同時に、捜査当時は前述のような事情から虚偽の事実を認めていたが、その後議員に当選してから公訴を提起されてみると、現在ではその地位に関係する重大な問題なので、改めて真実を述べて無罪の判決を得ようとしているとも考えられないことはないのであつて、要するにこれだけではどちらともにわかに断定するわけにはいかないのである。もつとも、このように被告人がすでに公職選挙法違反の嫌疑で取調べを受け、しかも犯罪事実を認めておきながらその後町議会議員選挙に立候補した気持がどうであつたのかは一つの問題であるが、被告人が立候補を決意した時期は証拠上は昭和三八年九月二八日の立候補届出の直前であるようで、それ以前から立候補を考えていたという証拠はない。そして、検察官の取調べを受けたのが六月三日で、それ以来三箇月以上なにも処分のさたがなかつたので、もはやこの問題は別段のとがめもなく済むものと思つて立候補したということも想像しえられないことではなく、もしそうであるとすれば、被告人が立候補を決意した気持もさほど無理なく理解できるのである。

(三) 次に原判決の根拠となつている各供述調書の内容について検討してみると、高橋豊の検察官に対する供述調書によると、四月一三日午前八時ごろ鈴木聴方の庭で同人に五〇〇円札一枚を渡し、次いで被告人方の門口で被告人に同様五〇〇円札一枚を渡したとなつており、被告人の司法警察員および検察官に対する供述調書によると、同日午前九時半ごろ自宅で高橋から五〇〇円札一枚をもらつたとなつている。また、被告人が選挙運動をしに行つた日については、鈴木聴の検察官に対する供述調書も被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書も四月一二日の朝から行つたということになつている。ところが、被告人は、原審以来、四月一二日と一三日には部落の豊受神社の社務所の屋根替えに行つていて、選挙運動に行つたのは一二日ではなく、また一三日にも午前七時半ごろに家を出たので、金を受け取つた事実はないと主張しているのであるが、当審証人小沢庫吉が自分の記載したノートに基づいて証言したところによると、被告人は一二日も一三日も朝から屋根替えのため社務所へ出たもののようであつて、この事実を特に否定すべき証拠は存在しない。もとより、被告人が一三日に屋根替えのため社務所へ行つたということは、家を出る前などに門口で他人から金員を受け取る機会が全然なかつたということにはならないのであるが、被告人の司法警察員に対する供述の中の「野良に出かけようとして」という文言とはいささか矛盾するし、一二日にも社務所の屋根替えに行つた形跡があるということは、その日に選挙運動に行つたという捜査官に対する供述の真実性に疑いを生じさせることになるのである。少くとも、当審における事実の取り調べの結果は、この点についての被告人の主張の真実性をくつがえすことはできなかつたといわなければならない。

(四) 次に、被告人の家に金を持参したのが高橋豊ではなく鈴木聴であるとの証人高橋豊、同鈴木聴、同鈴木イソらの証言の内容について考えてみると、高橋豊が鈴木聴の家まで来ながらなぜその近くの被告人の家まで自分で行かなかつたのか、また、木島光から受け取つた一、〇〇〇円札二枚のうちの一枚を五〇〇円札二枚に両替しながら、なぜ鈴木聴のところへは一、〇〇〇円札を持参したのか、というような点については、いささか不自然ではないかという疑問がないわけではない。しかしながら、これらの点も、同人らの供述の信憑力を否定する決定的な理由にはなりえないし、鈴木聴がその一、〇〇〇円札をそのまま被告人方へ持つて行き、鈴木イソから五〇〇円の釣銭をうけ取つたというのは、なるほどこの種の事犯では検察官のいうとおりいささか珍らしい行為形態であるが、見方によつては、もしこの証人らの言うことが作りごとであるとしたら、なにもわざわざ一、〇〇〇円札で釣銭をもらつたとまで作為して言う必要はこの際少しもないわけで、単に五〇〇円札を授受したと言つておけばよいはずであるから、このことは、かえつてその証言の真実性を高めているともいえないことはないのである。

(五) 最後に、被告人や証人鈴木イソの言うところによると、本件の現金は鈴木イソが鈴木聴から受け取つたが、イソはこれを被告人に報告することを忘れており、そのため被告人はそのことを知らなかつたというのであるが、そのことの合理性が問題とされなければならない。たしかに、通例のきまりきつた収入ならばともかく、金額は少ないにしても、夫が選挙運動に出たときの弁当代という趣旨で渡されたというのであるし、ことにその際「もらつてもいいのか」「皆ももらつているからいいだろう」というような趣旨の問答がかわされたというのであるから、普通ならばイソはこのことを夫である被告人が帰つてきたのちに当然話しそうなところであつて、そのような点から考えると、その報告を忘れてしまつたという供述については、当裁判所としても無条件にこれを信用してしまうことにははなはだ躊躇を感ぜざるをえないのである。しかしながら、それではそのようなことは全くありえないと断じ去つてよいであろうか。鈴木イソは当時五二才の農家の主婦であり、農村のことで、選挙の投票買収のよくないことは知つているであろうが、選挙運動のため仕事を一日つぶし者が日当ないしは弁当代として若干の金をもらうことにほとんど罪悪感を持たず、通常の労働の日当のように軽く考えるということもありえないことではないであろう。しかも金額は五〇〇円という多くない金額である。そして、被告人やイソ自身が言うようにイソが忘れつぽい性質の持ち主だということになれば、同人らが言うようにイソが被告人に報告することを忘れ、他の金といつしようにして使つてしまつたということがおよそありえないといい切ることもまたためらわれるのである。

さて、以上のように考察したところから考えてみると、本件では、最初に述べたように、原判決の認定のほうが真相に合致しているのではないかという疑いが相当強いことは認めなければならないのであるが、さればといつて、被告人の主張するような事実が不合理でそのような事実の存在が考えられないかといえば、右に述べたとおりこれもまた証拠上否定し去ることはできないと考える。いいかえれば、原審および当審で取り調べた証拠によつては、原判示のように認定することにはなおある程度合理的な疑いが残るといわざるをえないのである。とすれば、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというほかなく、論旨は理由があるといわなければならない。

それゆえ、他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項・第三八二条によつて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書を適用して被告事件につきさらに判決をするのに、本件公訴事実は原判示罪となるべき事実と同一であるが、すでに説明したところから明らかなように、その犯罪の証明がないことになるので、同法第四〇四条・第三三六条によつて被告人に対し無罪の言渡をすることとする。

(新関 中野 伊東)

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